パラダイス・ゴア(4)「深夜特遅」バスとホテル・パラダイス

週末の2日間かけてゴア・トリップしてきた。ゴア・トリップといってもホントにいわゆるゴア・トリップした訳じゃなくてただの一泊旅行です。過去のゴア記事は(1)(2)(3)参照。

土日はほとんど平日できない映像編集の仕事でつぶしたので、まったく心の休まる暇がなかったのがここ1〜2ヶ月。新年度になって新しい仕事と責任がふくれあがって、ちょっと太刀打ちできなくなってしまったので、ここは無理矢理にでもブレイクを取らなければ、と思い立ったその日にゴア行きのバスのチケットを取った。幸いフットワークの軽い友人が「行く!」と一瞬にして返事してくれたので、旅の仲間もできた。

ゴアはボンベイからバスで12時間、飛行機で1時間ぐらいの距離にある。電車がいちばん安くて快適なんだけれど、その分人気なので出発の3日前にいきなり取ろうとしてもなかなかチケットが取れない(後で聞いたら、出発前日限定の緊急用の席が取れるシステムなんだそうですが)。結局バスを取ったんだけれど、この深夜バスがゆっくり走っていたのかなんなのか到着に18時間かかって、金曜日の夜に出てゴアに着いたのが午後2時ごろであった。

とはいっても着いたら気分はもう休暇。着いたらビーチに突っ走って、あとは日が沈むまで、飛行機の時間まで、とにかく泳いでデッキチェアで昼寝して、また泳いで、昼寝して、本を読んで、ビールを飲んでまた泳いで。おいしいエビやイカやキングフィッシュをたっぷり食べて。シーズンオフだからビーチには人もまばらで、海を全部独り占めしているみたいだった。真夏のゴアの海は、ほとんどぬるま湯に近いぐらい水が暖かい。だから泳いでいても波と遊んでいても、なんだか巨大な温泉に浸かっているみたいな気分だ。たった24時間の滞在だったけれど、時間を忘れて、まるで何日もいたような気持ちになった。ゴアのそんなところが本当に好きだ。

今回は一日しかないので前にもいったOzra Beach(別名Small Vagator、アンジュナから北にバイクで10分)にさっさと向かって、目を付けていた安いバンブーコテージ、「パラダイス」に宿を取った。季節外れなので2人で一晩300ルピー(600円ぐらい。もっと安いところはこの時期200〜300円ぐらい)。

この「パラダイス」、見かけは素敵なんだけれど、なんせ自然素材でできている高床式住居なので、隙間だらけだし歩くと揺れるし、窓は布一枚。シャワーとトイレは共同である。隙間から当然蚊も入ってくるのでベッドには蚊帳がついている。防音機能が全然ないので、通りを走るバイクの音や人の話し声がどんどん聞こえてくるし、ふにゃふにゃの壁とドアなのでちょっと力を入れれば誰でも入れる感じでセキュリティがまるでなってないので、多分繊細な人は怖くてよく眠れないかもしれないけれど、一日海で泳いで疲れて酔っぱらっていたらどんなにうるさくても死体のように眠れるものです。

どれだけ建物がふにゃふにゃで防音設備がないかというと、ネパール人従業員が集まっている受付に歩いていったら、従業員のお兄ちゃんやおっちゃんたちが集まって黙り込んでいる。「ねえねえ」と声をかけると、受付の隣のコテージを指差しながら「耳をすませて、よくみてごらんよ」と言う。注意してみて見ると、コテージがぐらぐら揺れて女性のあえぎ声が10メートルぐらい離れた受付まで聞こえてくるのだった。

長期滞在のヨーロピアンカップルが昼間にワイルドな1ラウンドをこなしていたらしいんだけれど、従業員達が口をそろえて「あの人達、あの調子でほとんど24時間営業なんだよね」「そうそうずーっとやってんだよ、朝、昼、晩と」という。「無料ポルノだねえ。ラッキー?」と聞くと、「まあなんというかもう、午後の素敵なミュージックだね」だそうだ。こういうカップルは奥の方のコテージに案内した方がいいと思うんだけど、まあ受付付近にいてくれればシーズンオフの暇つぶしにはなるかもしれない。「あ、はじまったよ」なんていって、暇なネパーリーがバードウォッチングみたいにじっと立ち止まって人間の営みを耳を澄ませて聞いている。のんきだ。

そんなゴア。ボンベイに帰って来た瞬間、空港のリキシャ・ドライバーに追いかけられて、マンデーブルーにやられて、一瞬にしてそののんきさはぶっ飛んだけれど、行ってよかった。また行こう。

※「パラダイス」はバガトア・ビーチの横の小さなビーチ、オズラン・ビーチ沿いなので、アンジュナの観光ガイドにオズランのパラダイスと言えば問題なく連れてってくれると思います。

神様がいる・・・かもしれない、バリ(4)バリ料理あれこれ

ちょっと前回から間が開いてしまったけれど、バリの話の続き。バリに行く前に数人の友人に「バリって何がおいしい?」と聞いたところ、だいたいの回答が「うーん、どうかなぁ。とりあえずナシゴレンとか食べときゃいいんじゃない?」という適当なものだった。あんまり期待できなそうな雰囲気で行く前にちょっとがっかりしたのだが、結果としてバリ料理はとってもおいしかった。シンプルな料理がほとんどなので、確かにバリ料理には技術的、味的な深みはないんだけれど、そのかわり素材の味に頼った素朴なメニューが多く、「とにかくご飯にぶっかけときゃ何もかもうまい」という私の粗雑な好みどんぴしゃりであった。

まずは最初の夜にジンバランで食べたシーフードの数々。砂浜のレストランで、いけすの新鮮なシーフードをお客が選ぶとその場で炭火バーベキューにして出してくれる。特に足長海老のグリルの味の濃厚さといったら。一緒に行ったFちゃんはこれを読んで今味の思い出に浸っているはず、というぐらいおいしかった。そしてカニ、巨大なキングフィッシュ。インドネシアのバーベキュー料理はたいていトマトソース味で、塩がきいて新鮮。ちょっと高かったけど、シーフードが大好きな人にはこれはぜったいトライしていただきたい。

ジンバランの砂浜レストラン。海老とキングフィッシュ

カニ。

次にこれはぜったい食べて欲しいのが、バビ・グリン。かりかりジューシーに焼き上げた豚の丸焼きのいろいろな部分を切り刻んでご飯の上に持ったバリ風豚丼。これはもう、ちょっと、なんというかもうもう、ミートイーターにはたまらないメニューである。ご飯に乗っているのは、豚の肉の部分、長時間掛けてカリカリ香ばしいおせんべい状にした厚い皮、腸とかいろいろなガッツ系を細かく切って混ぜたものたち。それぞれの部分で味が違うんだけど、とにかくご飯によく合う。家の近くにあったら毎日食べてしまうかもしれない。ちなみに私たちはウブドにあるバビ・グリンの有名店、イヴ・オカで食しました。値段もかなり安いです。

イヴ・オカのバビ・グリン

さて、ウブドで日本のクレジットカードが役に立たないと気づいた私たちはチャンディダサから一気に貧乏旅行にスイッチ。ホテルの近くのワルン(安食堂)に通って地元の安くてボリューム満点のバリ料理をたくさん堪能しました。写真上からナシチャンプルー(ごちゃ混ぜご飯)、豚のしょうが焼き、チキンソテー、ナシゴレン(チャーハン)、ミーゴレン(焼きそば)、それから海辺で食べたイカリング。どれもこれもおいしかったー。

ナシチャンプルー(手ぶれすみません)

豚のしょうが焼き

チキンソテー。とにかく全メニューにご飯がついてくる。

あと2つ地元料理を紹介。一つはソト・アヤムというチキンスープで、ご飯をいれておかゆにしても食べられる。これが一番一般的で、地元民向けに道に屋台がたくさん出ています。もう一つは巨大な春巻き。これも屋台料理の一つで、春巻き生地を揚げながら中身を包んで15センチ四方ぐらいのおおきな四角い春巻きを作って切って食べる。ほかほかで雨のバリの夜にビールとよくあう料理であった。

ソト・アヤム

屋台。

スープに入れる肉団子。

春巻き。こんな風に皮をまず油に入れてあげてから中身を盛ります。

できあがり。

英国人経営のホテルの朝ごはんは、アメリカンパンケーキにオムレツ。パンケーキはすばらしくハイカロリー味でおいしい。分厚いオムレツはパンにはさんでお弁当にしてビーチにもって行ったりして食費を節約するにわか貧乏日本人ツーリスト。

分厚いパンケーキが2つも。卵3つぐらい使ってるような大きなオムレツ。

そんなわけで、バリ料理は一巡チェックの価値あり。かならず甘いインドネシア米がついてくるのもうれしい。屋台料理系が大好きな人は、バリ地元料理めぐり、ぜったいお勧めです。ああ、もう一回食べたい。

神様がいる・・・かもしれない、バリ (3) “バリ的”なるものの正体

ここからようやくバリ島旅行の本題。私たちの行程は、デンパサール空港からウブドに移動して2日間ライステラスや寺院やウブドのショッピング・アート街を散策、それから東海岸のチャンディダサに移ってビーチで1日遊び、最終日にチャンディダサから歩いて2時間ぐらいの工芸の村、トゥンバラン村を観光して帰国、というものであった。5月末のバリはシーズンオフで、雨が降ったりやんだりしていたが、おかげで静かで落ち着いた休暇をすごすことができた。土地の細部の話に移る前に、バリ旅行全体を通じての全体的な観察をまとめておきたい。

観光客向けに伝統衣装が華美になる傾向にあるという。

バリはいまやアジア最大のリゾート地と言われている。バリの保養地としての魅力は、美しいビーチと山の両方を持つリゾート地でありながら、貴重なバリ文化にも触れることができる点だろう。イスラム教徒が80%近くを占めるインドネシアの中で、バリは唯一、ヒンドゥ教文化を持つ島である。バリヒンドゥは、どうやらアニミズムと仏教とヒンドゥ教が習合した特殊な形態の宗教のようで、インドと同じようにガナパティやシヴァ、クリシュナといったヒンドゥ教神をブッダと一緒に祭っており、毎朝のプジャなんかは割りとインドと似ているのだが、細部が微妙に異なっていて興味深い。神様のデザインも控えめで、バリ人に似た童顔なつくりをしている。

バリの神様はみんな丸顔でちいさい。

バリ人の最大の悩みは、高い失業率と、ジャワ人とムスリムの急激な流入のようだ。行く土地土地で、バリネーゼからそんな話を聞いた。移民の流入に比例してイスラム教モスクがどんどん増えている。私も道中でモスクで礼拝をするムスリムの人たちの姿や、ムスリムの帽子をつけたタクシーの運転手や商売人を何度か見た。宗教的な軋轢と、移民による失業率の悪化。特殊なアジア文化を売りに観光をほとんど唯一の収入源としているバリ島の人たちにとっては、このプレッシャーは経済的にも精神文化的にもずいぶん悩ましい事態のようだ。実際、ビーチハウスのお兄さんの話によると年間5千人のバリ人が日本に出稼ぎに行っているという。多くは豚の家畜や建設現場。バリ人は気性が穏やかで正直なので、日本企業が好んでリクルーティングに来るんだそうだ。「バリ人は基本レイジーだからね、日本に行くとみんな9時から8時ぐらいまで働くのが当たり前だから大変らしいんだよ」と言う。

リゾートとしてのバリに対して、私は旅行全体を通してちょっとした違和感のようなものを感じていた。バリは洗練されていてどこまでも美しく、穏やかで、アジア的シックである。なんというか、ホテルやレストラン、ショップを見て回っても、すべてが引用符付きのいわゆる“バリ”、という感じ。良く言えば「期待をはずさない」、悪く言えば「すべてが期待の内側にある」。観光客向けの部分は、そのせいで正直ちょっと驚きがなくて退屈といえるかもしれない。そのことが最後までずっと不思議だった。

バリの子供、かわいすぎる。

おばちゃんもかわいすぎる。ビーチの物売りはインドの10分の1ぐらいのアグレッシブさ。売れるのか心配。

土地というのは、どんなに隠しても隠してもその土地のもつ灰汁(あく)を滲み出さずにはいられないものである。リゾートは特に、万国誰にでも好かれる作りにしようと土着の匂いを消す傾向にあるものの、消せば消すほど、その努力によって発生する小さなずれが旅人に大小の適応を要求し、それが結果的に土地の印象を強烈なものにする。しかし、バリはその逆で、「いわゆるバリ的ユニークさ」を追求しているのだが、そのことが逆に旅人に「これは本当の天然のバリなのか、それともバリ好きを狙った作り物なのか」という奇妙な疑問を抱かせる。思い描いていたバリと、実際に目にしているバリがそっくりそのまま同じで、その期待との一致度の高さが逆にバリというリゾートにむしろオーディナルな印象を与えてしまっている。これは何だろう。

その疑問が解けたのは旅行の最後の日で、暇つぶしにホテルの受付の人たちと世間話をしていたら、受付の奥からヨーロッパ風の白人のおじさんが出てきた。挨拶をしてしばらく立ち話をした後で、ふと「ひょっとしてあなたがこのホテルのオーナー?」と聞くと、「そうだよ。俺のホテルだよ」と言う。オーナーが行ってしまった後で、受付の人が「彼、イギリス人なんだ」と小さい声で耳打ちをした。「ふーん、そういう外資がホテルをやってるケースって多いの?」と聞くと、「多いなんてもんじゃないよ。ホテルやレストランはほとんどぜーんぶ。イギリス人とか、フランス人とか、ロシア人のオーナーもいるかな。土地と建物を外国人が簡単にレンタルして経営できるようになってるんだ。バリ人経営のホテルは、この一帯だと2件ぐらいしか知らないよ」と言う。

機織職人。ちいさいおばあちゃんをみるとたまらないので手作り織物を購入。

つまりは観光地としての現在のバリのホテルやスパ、レストランの多くは、バリ的なるものを求めてやってくる外国人観光客のために、「外国人の好むバリ」を心底理解する外国人経営者が、バリのいいとこどりをしてデザインしている部分が多々あるということなのだろう。だから、新しい土地を旅するときに必ず経験する、ここだけは許せない部分、受け入れられない部分、を経験することが実に少ない。ある意味では、だからこそリラックスできて、安心して旅ができる。安全で、はずれくじがないのだ。よきにせよ、あしきにせよ。

もちろんファンシーなホテルやレストランから一歩出て下町や村を歩けば、そこには普通のバリの人たちの普通の暮らしがある。熱帯アジアの田舎によくある風景と、のんきで貧乏で、明るくかつちょっとだけ物悲しい風景が広がっている。バリの最大の魅力は、その異種の文化でも、美しい白浜でも、南国の緑のジャングルでもなく、なんといっても人だろう。短い滞在の中で、穏やかで押しが弱く、メローで怠惰で、だけど同時に生真面目で人情に厚いバリの人たちの魅力に触れて、人にかつがれないように警戒しながらごり押しと勢いで道を切り開くボンベイ気質の自分の態度や振る舞いが、なんだかとても品がなくて無粋なものに感じたぐらいだ。もちろんそれはそれで役にはたったのだけれど。バリはいろんな意味で、暖かい土地であった。

神様がいる・・・かもしれない、バリ (2)チケットトラブル続き

前回に続き、バリ島行きの飛行機チケットトラブルの話。Jet Airwaysのチケットカウンターのおばさんの好意でなんとか飛行機に乗れたものの、問題は帰りのチケットである。おばさんとその上司が言うには「とりあえず行きのチケットはなんとかしてあげたけれど、帰りがねぇ。普通往復チケットを買った場合、行きのフライトをミスると帰りのチケットも自動的にキャンセルになるものだから、バリに着いたら帰りの片道チケットを買いなおさないとだめかもね」ということであった。

祈るばかり。

バリに行ったはいいけど帰れなくなる可能性があるのではないか。とりあえずバリのデンパサール空港に付いて最初の目的地ウブドで友達と再会を果たすと、その足でウブドの観光ツアー案内所に向かった。バリネーゼのお兄さんがマレーシア航空に電話をつないでくれたのだが、担当者は「いやぁ、ムンバイ空港の係の人の言うとおり、もう帰りのチケットはキャンセルになっちゃってるんだよね。取り直すっていっても、同じフライトはキャンセル待ちが出てて、その1週間後まで満杯なんだよ。とりあえず空くまでバリにいるしかないねぇ」と言う。そんな無茶な。1週間も休暇を伸ばしたら首が飛んでしまう。

「えー、そんなー。なんとかなりませんか、そこをなんとか!1週間も追加滞在するようなお金はないんですよぉ」と頼んでみると、「うーん、困ったねぇ。ちょっと調べて連絡するよ」と言って電話を切った後、15分後にもう一度かけてきて「あのね、デリー行きなら同じ日に席が空いていたから押さえてあげたよ」という。デリー行きでもいい、インドに帰りさえすればムンバイまでは地続きだからなんとかなるはずだ。値段を聞くと、今度もやっぱり日付と到着先変更の手数料だけですむという。「明日あさってはオフィスが休みだからさ、もうオフィス閉まる時間だけど空けて待っててあげるから今すぐチケットをとりにおいでよ。」という。・・・・マレーシア航空職員、とことんフレキシブルである。キャッチコピー、「マレーシア航空のMHはMalaysian Hospitality」というのはどうやら事実らしい。すばらしい人たちだ。

ガナパティはバリでも人気の神様。

というわけで、友人に謝りつつ半日観光をつぶしてウブドからデンパサールまでタクシーで取って返し、マレーシア航空のカウンターに行くと、担当マネージャーから伝言を受けた係の女の子がチケットを渡してくれた。ありがたいことです。その日の帰りはジンバランのビーチレストランに寄ってビールを飲みながら新鮮な魚介類のバーベキューを食べた。これはおいしかった・・・。

さて、まだ未解決の問題がある。デリー・ムンバイ間のチケットである。バリの会社を通してインドの国内線を予約すると、国際線と同じぐらい高くつくんだそうで、MakeMyTripかClearTripを通してオンラインチケットを自分で予約することにしたのだが、バリからネットでインドの格安航空券サイトを開けようとするとなぜかブロックされて開けることができない。何度やってもだめなので、ムンバイにいる友達に国際電話をかけて事情を話し、変わりにチケットをとってもらえることになった。チケットをとった後も、搭乗者名の表記変更やら当日のオンラインチェックインやら、とにかくバリからできないことを全部やってくれて、なんとかムンバイまでのルートも確保。今度友人が旅に出るときは、彼女の旅先の危機に備えてムンバイに待機して連絡を待とうと心に誓いました。

バリ・ヒンドゥのプジャはなんかかわいい。

そんなこんなで、なんとかかんとか帰りのフライトもゲットできて、じたばたしたけど最後にはすべてがうまく行った奇跡的な旅であった。人の親切のありたがみを身にしみて感じて、これからは知らない人も知っている人も、だれかが困っていたらとにかくできるだけ親身になって解決策を考える手伝いをしようと思う。

神様がいる・・・かもしれない、バリ (1)反省は深く短く

時は5月26日深夜、ムンバイ国際空港のチケットカウンターの前で、私は途方にくれていた。どういうわけか、持っていたインドネシア行きのEチケットが2ヶ月前の3月26日のフライトのチケットだったのである。チケットカウンターの係の人に指摘されてじっくりチケットを読んでみると、たしかにMayのはずのところがMarchになっていた。「このフライト、もう2ヶ月前にとっくに発っちゃったやつだよ。なんでこんなの持ってんの?」と係のお兄さんが半笑いで言った。

バリのアート。名づけて横ムンク。

高校時代からの友達と一緒にバリ旅行を計画してチケットを取ったのが2ヶ月前。オンライン予約した時、出発日の月をチェックしないで日付を選んでしまったのだろう。カウンターの人はシステムの不備ではないかと心配していたようだが、正直言っていかにも自分がやりそうな間違いだ。私はロジスティック系・事務処理能力が極端に低い人間なのだ。MakeMyTripには非はあるまい。

一瞬自分を殺したくなったが、それどころではない。一緒に旅行をするはずの友達がすでにバリに到着していて、彼女は英語を習いたてだし、一人で東南アジアに放置はひどすぎる。ここであきらめたら長年の友情の終わりだ。それにこの旅行のために1ヶ月死ぬほど働いて、会社中の人に「バリ行ってくるよ、バリ!バリだよー!」と自慢しまくって出てきたので、まぬけすぎてバリ行かずして会社に顔を出すわけにはいかない。

「反省は深く短く」、は私の愛するモットーの一つである。類似のモットーに「悩むより考えよ」がある。私みたいに『日々之過也』というタイプの人生を送っている人間にとっては、反省ははじめたら果てがない。だから短く切り上げるコツを自然と身に着けているのだ。①しまった。(気づき)②自分のバカ。(反省)③どうやって切り抜けよう。(対策)④今後どうしよう。(学習)という4工程を、がんばれば1、2分でできるよう日々自己訓練をしているわけである。ここでは、①しまった。②自分を殺してぇ。③とりあえずここは無茶でも飛行機にもぐりこもう。④次からはチケット予約の時には最低10回日付をチェックしよう。という思考過程をダッシュでまとめて、チケットカウンターのマネージャーのおばさんにお願い攻撃をすることに決めた。

Bali Is Life…, 今回の旅行では、ある意味かなり言えてる。

「どーしてもこの飛行機に乗らなきゃならないんだよー。お願いなんとかしてーっ」と係のおばさんにお願い攻撃をすると、「うーん、困ったわね。このフライトはすでにオーバーブッキングでキャンセル待ちが出てるからほとんど無理だとおもうけど、とりあえず方法がないか上司に相談してあげるから待ってなさい」とかなり協力的である。念には念を入れて、待っている間におばさんをちらちら見ながら、壁にもたれてうなだれてみたり、ちょっと泣いている振りをしてみたりして助けが必要な人アピールをしてみたところ、おばさんだけでなく、その辺にいた案内係のお姉さんとか、通りすがりのお客さんなんかが「どうしたの?チケットがないの?あらまぁかわいそう」という感じで話しかけてきてなかなか効果満点である。

30分後ぐらいにおばさんが「OK、なんとかしたわよ。とりあえず飛行機に隙間作ったから乗んなさい」と報告してくれた。しかも、チケット代は追加なし。チケットの日付変更のための手数料のみの追加料金でOKというではないか。かなり親切な対応である。ちなみに航空会社はマレーシア航空。ムンバイでのオペレーションはJet Airwaysである。いい人たちだ。おばさんに抱きついて「ありがとう~。ご恩は決して忘れません」と言うと、「うん、まあ私もあなたのことは忘れないだろうけどね」と皮肉を言って笑っていた。

神様、とにかくめっちゃいる。

受け取ったボーディングチケットを握り締めながら、ふと、そもそも空港の中に入れたことが奇跡だよな、と思った。ムンバイ空港では空港の建物に入るのにチケットの提示が必要なのだ。警備員がパスポートとチケットの日付をチェックしてOKならチケットカウンターに入れる仕組みなのである。この警備員さんも私と同じでMayとMarchを見間違えてくれたのに違いない。チケットは手に入ったし、いやいや、何事も何とかなるものなんだなぁ。やっぱりルールやシステムよりも、最後に頼りになるのは人情だよなぁ。と感動してバリ行きフライトに乗った。これを始まりにして、旅行中いろいろなハプニングがあったのだが、それはまた次回。

パラダイス・ゴア(3) 遊び飽きない夏休み

Goa beach

Goa beach

ゴアの海は温かい。一度波打ち際に出てしまうと、温かい波があまりに気持ちよく、潜ったり出たりを永久に繰り返してなかなか岸に帰れない。さんざん遊んで塩辛になった体を陽にさらして乾かしながら、本を読んで、少し眠って、売り子さんとおしゃべりして、バーから飲み物をもらって、体が乾ききったころにまた海に出る。その繰り返しで一日がすぎていく。

海の水は透明で、ムンバイの海のようにはにごっていない。ビーチにはレストランが並んでいて、どの店も朝食、ランチ、ディナー、それからアルコールメニューがあり、シーフード料理が充実している。ガーリック・バターかカレー風の素朴な味付けをしたキング・フィッシュやまぐろ、大きなえびやイカが食べられる。一日3回の食事に何を食べようかと真剣に考える時間も豊かである。

Goan beef steak

Goan beef steak

私は2日間アンジュナに滞在した後、アンジュナから少し北にあるオズラン・ビーチに移った。オズラン・ビーチはバガトア・ビーチの隣にある小さなビーチだ。「アルコベ・リゾート」という中級ホテルの真下にあるプライベート・ビーチで、小ぢんまりして落ち着いた雰囲気が気に入った。静かなホテルで、滞在者の半分以上はインド人の家族連れのようであった。キングサイズ・ベッドのある客室に、海を眺めるレストラン、水着のまま部屋を出てビーチまで降りていけばいいから楽ちんだし、最高の条件であった。

Alcove resort

Alcove resort

朝から昼過ぎまでビーチで過ごし、風が出て日が翳ってくる夕方は原付バイクでゴアの街を走り回る。アンジュナ・ビーチの近くまで行って古本屋を漁ったり、タイ式フットリフレクトロジーをやったり、買い物をしたり、いいレストランを探したりして過ごす。夕方になると、野外レストランの庭に設置されたスクリーンで映画が無料で見られる。毎日何か違う映画を放映していて、私が行った日は「シャーロックホームズ」であった。暇人なりにやることはまあ、いろいろある。

街を廻るのにバイクは必須だ。原付は一日200から250ルピーでレンタルできる。私がレンタルした時は、店員に「免許あるよね、乗ったことあるよね??」と聞かれて「もちろんあるよ」と答えたものの、原付にはほとんど10年以上乗っていない。バイクにまたがり、「えーっと、どうやってエンジンかけるんだっけ?」と聞いたら、店員がびっくりして「もー乗るのやめなさい」といってキーをひったくってしまった。連れが乗るから、と説得してなんとか借りたあと、こっそり練習したらすぐに乗れるようになった。太陽の下、バイクで小さな路地をぐるぐる廻って隠れたカフェやレストランを見つけるのはとても楽しかった。

Motorcycle

Motorcycle

日が傾いてきてビーチを望む丘から夕焼けが見える。ゴアの土は真っ赤だから、夕焼けと海と赤い土と緑のヤシの葉が一つのフレームの中で、だんだん濃い色に変わっていく。たくさんの人たちがだまってそれをながめている。陽が沈むと近くのバーからダンスミュージックが聞こえてくる。みんなレストランやパーティーに移動していく。私はホテルの近所のバーで飲んだあと、道で声をかけてくる売り子やタクシー・ドライバーを避けるためホテルのレストランに移って食事をして、ゆっくり酒をのむ。酔っ払っても、三歩歩いたら部屋に帰れるから楽々なのだ。一日遊んでへとへとの体にアルコールがすぐにしみこんで、部屋に帰ったら一瞬にしてぐうぐうである。

Sunset

Sunset

夏休みの子供になったみたいな気分だ。ひとりでずっとすごしていても、明るくてあっけらかんとした太陽の光を浴びまくっているおかげか、気分がハイで、ぜんぜん下がらない。太陽の周期にあわせてゆっくり歩いて、ゆっくり食べて、ゆっくり遊んで、飽きることがない。そんな感じだ。

パラダイス・ゴア(2) アンジュナで“ない”トライフ

アンジュナ・ビーチはゴアのビーチの中でもパーティー系の人が行くワイルドなスポットとして有名である。初のゴア・トリップにふさわしいので、ゴアのマプサで長距離バスを降りた後、ローカルバスをつかまえてアンジュナ・ビーチに向かう。

一人旅ほど出会いが多いもので、行きの長距離バスで同じコンパートメントをシェアしたイスラエル人の女の子といつのまにか連れになる。バスに揺られていたらアンジュナを通り過ぎてしまい、運転手に「歩いて戻れ」と言われてバスを降ろされてしまった。荷物を抱えて途方にくれていると、カナダ人っぽい暇そうな男の子が原付でアンジュナまで連れて行ってくれる。ビーチの入り口にあるMary’s Holiday Houseで一緒に宿を取った。

Mary's Holiday House

Mary's Holiday House

二人でブランチを食べて海を眺め、ビーチに寝転がってビールを飲む。イスラエル人の彼女は大学院を卒業してすでに就職が決まっており、仕事について自由がなくなる前の最後の旅としてオーストラリアで6ヶ月ワーキングホリデーをした後インドに来たという。イスラエルってどんな国?と聞くと、ニュースでやってるほどひどくない。少なくとも私の住んでいるところは西洋化していて都会だし、何も危ないことは起こってない。境界のあたりは危ないみたいだけど、という。母親はイエメン人、父親はまた別の国の出身らしい。目が驚くほど大きくて不思議な印象の、ユダヤ系らしい顔立ちをしている。なかなかの美人である。

Anjuna Beach

Anjuna Beach

隣のチェアーに寝転んでいたベルギー人の女の子二人と仲良くなって、4人でディナーを楽しんだ後パーティーに繰り出すことになった。ベルギー人の女の子二人は、アフリカ系とヨーロッパ系のコンビである。22歳。ヨーロッパ系の彼女は大学を出たあと仕事を探すのがおっくうで、アフリカ系のインド好きの彼女の「じゃーインド行こうよ」という誘いにひとつ返事でついて来たという。アウトゴーイングで人好きのする明るい二人で、ベルギー語で延々と冗談を言い合っている。

ビーチのレストランでシーフードをたっぷり食べた後、うわさでききつけたパーティーを目指して真っ暗なビーチをひたすら歩く。だいたいビーチや付近のレストランでバーテンとおしゃべりしていると、「今日はなんとかビーチでパーティーだよ」、「火曜日と木曜日はなんとかヒルだからおいでよ」と自然とパーティー情報が入ってくるのである。砂に足を取られながらダンス・ミュージックが聞こえる方向へ向かうと、浜のレストランでわりに落ち着いた雰囲気のパーティーにたどり着いた。

Bar

Bar

ダンスフロアとDJがいて、バーとレストランがあり、砂浜にはスナックとタバコを売るちいさな屋台がたくさん出ている。ドリンクを買って、あとは好きなように好きな場所で過ごして、時には踊ったり、座って話して友達を作ったりすればいいのだ。悪くない雰囲気である。私たちのグループは、イスラエリ、ベルギー(白人)、ベルギー(黒人)、日本人という組み合わせで肌の色もまったくちがい、いろんな人から「どういう友達どうしなの?」と不思議がられた。

ところでやや話はずれるが、私は人がたくさん集うパーティーの類が結構苦手なたちである。知り合い同士の飲み会ですら、マジックナンバー7を越える人数になると脳のワーキングメモリーが容量オーバーになり、「閉店ガラガラ!」と叫んでテーブルの隅でゲームボーイかなんか(持ってないけど)を無言で開きたくなるわりと性格の暗いところがある。そのため、人がうじゃうじゃいるパーティーでばったり会ったストレンジャーとおしゃべりするのが苦痛だし、酔っ払いのガキンチョたちとアホなおしゃべりして何が面白いんだという態度だから、パーティーでもダンス・フロアで踊っているか野良猫と遊んでいる以外はあんまり楽しくない。

Bar

Bar

それに、私は暗闇がかなり怖いたちである。ムンバイに住み慣れていると、真っ暗な夜を経験することはまずないので、パーティーにたどり着いたときにはすでに自然に囲まれた静かで真っ黒なゴアの夜にかなり恐怖を感じていた。昔見た「ジョーズ」とか「殺人魚フライングキラー」を思い出してしまう。

加えて、普段のインド生活でお目にかからないヨーロッパ人の集団に囲まれていることもなんだか恐ろしい。見慣れたインド人は表情豊かで、まともな人とヘンな人はだいたい区別がつくようになる一方で、見慣れていないヨーロッパ人は表情から何を考えているか読めないし、行動規範や倫理がわからないので怖いのである。

そんなこんなであんまりパーティーは楽しめず、夜の11時が就寝時間の私としては早く帰ろうよ~と主張して、午前2時ごろにようやく真っ暗なビーチを携帯の光で照らしてみんなでホテルまで帰る。連れの3人の女の子のうち2人はすでにベロベロに酔っ払った状態で、ドイツ人の若い男の子のペアとカップルになっている。酔っ払っているのでどっちがどっちかはあまりどうでもよく、女にしてみればだるい体を寄りかける相手があればいいわけだし、男にしてみればベッドに連れて帰る女がいればいいわけだ。結局ホテルを一緒に借りた連れはドイツ男子の部屋に泊まり、その翌日からグループで南のビーチに移っていった。

Anjuna beach at night

Anjuna beach at night

連れがいなくなったのを少しは寂しいと思いつつ、翌朝にはひとりになったことにほっとして、ずいぶんのびのびした気分になっている。バーやレストランで今日はあそこでパーティーあるからいきなよ、とか一緒に行こうよ、と誘われるのだが、「いや、気分が乗ったらね」と断って、昼間のビーチと食事を満喫して毎日夜の9時には眠ってしまった。ゴアといえども私にはナイトライフは向いていないようだ。遊び好きの女の子たちと出会ってゴアのナイトライフを垣間見れてラッキーだったな、と思い出しながら、海辺のレストランで魚をつつきながら飲むビールの味は最高であった。旅先で出会う人々は、それぞれにその土地に求めているものが違う。出会いなのか、冒険なのか、休息なのか、逃避なのか。数々の他人の人生を、ゴアという切り口で開いたその断片を、ビールを片手につまみを手に取りながらバーの端から眺められるのがゴアを旅する面白さかもしれない。

運命と空港のベルトコンベア

1週間の日本出張から帰ってきた。ムンバイの空港で新型インフルエンザのチェックにあってぞろぞろ列を歩いていると、周りにいるインド人の人たちの顔がやさしく見える。ずっと前に、初めてムンバイ空港に降りたときには「濃いっ!にらんでるっ!」といちいちびっくりしていた色黒で大きな目の顔立ちの人たちが、表情が豊かで安心な顔に見える。不思議なものである。

この出張で、3回飛行機に乗った。ムンバイから愛知、博多から東京、東京からムンバイ。飛行機から降りると荷物を取りに行く。ベルトコンベアの前で自分の荷物が出てくるのをじっと待っているといつも、どうしようもない無力感にかられる。本当に自分の荷物は出てくるのだろうか。自分の荷物だけが、どこか別の飛行機に積まれて消えていたりしないだろうか。そんなことはないと思いながらも、ありえるかもしれないと考える。かといって、じーっと待っている以外、自分にできることはなにもない。出てくるか来ないか。

今回も、ムンバイの空港でなかなか荷物が出てこなくて、とうとうカートに座り込んでふてくされながらベルトの出口を見つめていた。なぜ最初のほうで流れてくる荷物に自分のが入っていたことが今まで1度もないのだろう?と不思議に思う。どういうタイミングで荷物を預かってもらえば早く出てくるのか。早く預かってもらったら、荷台の奥に突っ込まれちゃうから遅く出てくるのか。・・・といろいろ考えをめぐらせるが、もちろん答えは出ない。ベルトは動いたり止まったりして、周りで待つ人たちの不安を駆り立てている。

なんだか、来るべき運命を待っているみたいな感じになってくる。考えてみれば、自分にめぐってくるはずのもの、くると信じているものを待つ人生もまた、こんな感じかもしれない。たとえば宿命的な友情や愛といった出会い、天職、天啓、ピーク、成熟、成功や金、安寧。いつかは自分に回ってくるに違いないと思っているものは、意外と、というかほとんど、ベルトの先には置かれていないかもしれない。置かれているかもしれない。それは出てくるまでわからない。いくら努力をしたところで、航空会社の職員がかんちがいで別の飛行機に荷物を積んでしまうような、そんな種類の他力によって、自分にめぐってくるものが決まっているに違いない。

・・・などと途方もなく暗い考えに陥りながら、もうこれ以上待てない、というころになって荷物はまわってくる。うれしいような、あたりまえのような、不思議な気持ちである。すくなくとも、預けたものがちゃんと自分に戻ってくるだけでも、空港のベルトコンベアは素晴らしい。もし人生にそれよりましな一面があるとすれば、それはひょっとしたら自分が積んだものよりいいものがめぐってくる可能性がゼロではないことだろう。そっちのほうが、もちろん楽しい。

パラダイス・ゴア(1)大人は見えない夢の島

とうとう、ゴアに行ってきた。ゴアはボンベイからバスまたは電車で12時間南に下ったインドの西海岸にある州で、ビーチが有名な外国人が集まるリゾート地である。「とうとう」という部分に力がこもっているのは、ボンベイに3年も住んでいてゴアに行ったことないなんてマジチョーだっさいみたいなカンジーだからである。ゴアは、ムンバイカー的には一度は訪れておかなければ顔が立たないクールな土地なのだ。

思えば昨年の2月から病欠以外はまともに休暇を取っていなかった私。常夏のインドにいるというのに、朝とランチの1時間と夜しかオフィスを出ないため日焼けもせず真っ白である。しかもこの数ヶ月というものハードな仕事でストレスが重なり、だんだん性格が悪くなっている気がする。やばい、これでは太陽がくれた季節が過ぎてしまう、飛び出せ太陽!と決めたらとっとと休暇届を出して、ゴア行きのバスのチケットを手に入れた。

「地球の歩き方」で、ゴアは「インドらしくない、しかしなおかつインドとしか言いようがない雰囲気」と表現されている。まさにいい得て妙である。北のビーチに行くと、ビキニの体に布をくるくる巻きつけただけの白人の女の子たちが濡れた髪で道を闊歩し、これまた体をこんがり黄金色に焼いたムキムキ白人男子たちが半裸でバイクにまたがり風を切っている。まずむき出しの人間の肌をこんなにまとめて見る機会はインドではまずない。

ビーチをかこむ街はレストラン・バーと酒屋であふれている。ベジタリアンレストランなんて一軒も見当たらない。オープンエアのバーで人は昼間から人前でビールを味わっている。こんな光景はムンバイでは絶対に見られない(そもそもムンバイでは公道でビールを飲むのは法律違反である)。ビーチに下りていくと、色とりどりの水着を着たヨーロピアンたちがチェアに横たわって太陽を浴びている。なぎさのレストランのボーイがビールを運んできて、ビーチの砂とパラソルに挟まれてゴア産キングス・ビールを味わいながら誰もが波を見つめている。どこまでも広がる広い海、いつまでも過ぎない時間、果てしなく開放的だ。

一方で、ビーチでボーっとしていると、実に3分に1回は物売りがやってきてなんやかやを売りつけようとする。マッサージ師、耳掃除師、果物屋、アイスクリーム屋、布やドレス、アクセサリーを売る女の子たち、そしてマニキュア、ヘナ・タトゥー、スレディング(糸脱毛)、みつあみなどのビーチ・エステ。この売り子さんたちはとても面白いので後ほど詳しく書きたいと思うが、ほんとにきりがない。ビーチにいると、こういう売り子さんたちを延々とさばいていかなければならない。これがわりと疲れるんだけれど、観光客にとってはまあ苦笑いしながら時々相手をしたり、ほだされてつい財布を開けたりして暇つぶしになっているフシもけっこうある。

つまりは、商人文化としてのゴアはまさにインド的としか言いようがないのだが、その一方でゴアの倫理はヨーロッパ人旅行者たちによってルールされているわけだ。ヨーロッパ人たちはインドの文化なんてお構いなしに好き勝手に裸になって酒を飲んで存分に休暇を楽しむ。お金のあるヨーロッパ人たちの優越感を逆手にとって、商売人たちは自分たちの貧困を武器に品物をどんどん売りつける。街全体がアミューズメントパーク的に、楽しむ側と楽しませる側、金を出す側と受ける側が持ちつ持たれつの関係を保った素敵なリゾートを形成しているわけだ。

それでいて、ゴアには観光地にありがちなひなびてすりきれたところがない。インドの太陽とアラビア海とそこに寄り付く人たちの気質は、そういう種類の崩れ方には向かないのだろう。周りには人生をいったん保留して時間のない時間を過ごしている人々でいっぱいである。いつまでもここにいられる気がする。去りがたい、海のユートピアだ。

浜辺で寝ていると、にわかに光GENJIが頭の中で歌い出す。

ようこそここへ 遊ぼうよパラダイス 胸の林檎むいて

大人は見えない しゃかりきコロンブス 夢の島までは探せない…

ゴアはそんな土地であった。

パラダイス・ゴア(1)大人は見えない夢の島

とうとう、ゴアに行ってきた。ゴアはボンベイからバスまたは電車で12時間南に下ったインドの西海岸にある州で、ビーチが有名な外国人が集まるリゾート地である。「とうとう」という部分に力がこもっているのは、ボンベイに3年も住んでいてゴアに行ったことないなんてマジチョーだっさいみたいなカンジーだからである。ゴアは、ムンバイカー的には一度は訪れておかなければ顔が立たないクールな土地なのだ。

思えば昨年の2月から病欠以外はまともに休暇を取っていなかった私。常夏のインドにいるというのに、朝とランチの1時間と夜しかオフィスを出ないため日焼けもせず真っ白である。しかもこの数ヶ月というものハードな仕事でストレスが重なり、だんだん性格が悪くなっている気がする。やばい、これでは太陽がくれた季節が過ぎてしまう、飛び出せ太陽!と決めたらとっとと休暇届を出して、ゴア行きのバスのチケットを手に入れた。

「地球の歩き方」で、ゴアは「インドらしくない、しかしなおかつインドとしか言いようがない雰囲気」と表現されている。まさにいい得て妙である。北のビーチに行くと、ビキニの体に布をくるくる巻きつけただけの白人の女の子たちが濡れた髪で道を闊歩し、これまた体をこんがり黄金色に焼いたムキムキ白人男子たちが半裸でバイクにまたがり風を切っている。まずむき出しの人間の肌をこんなにまとめて見る機会はインドではまずない。

ビーチをかこむ街はレストラン・バーと酒屋であふれている。ベジタリアンレストランなんて一軒も見当たらない。オープンエアのバーで人は昼間から人前でビールを味わっている。こんな光景はムンバイでは絶対に見られない(そもそもムンバイでは公道でビールを飲むのは法律違反である)。ビーチに下りていくと、色とりどりの水着を着たヨーロピアンたちがチェアに横たわって太陽を浴びている。なぎさのレストランのボーイがビールを運んできて、ビーチの砂とパラソルに挟まれてゴア産キングス・ビールを味わいながら誰もが波を見つめている。どこまでも広がる広い海、いつまでも過ぎない時間、果てしなく開放的だ。

一方で、ビーチでボーっとしていると、実に3分に1回は物売りがやってきてなんやかやを売りつけようとする。マッサージ師、耳掃除師、果物屋、アイスクリーム屋、布やドレス、アクセサリーを売る女の子たち、そしてマニキュア、ヘナ・タトゥー、スレディング(糸脱毛)、みつあみなどのビーチ・エステ。この売り子さんたちはとても面白いので後ほど詳しく書きたいと思うが、ほんとにきりがない。ビーチにいると、こういう売り子さんたちを延々とさばいていかなければならない。これがわりと疲れるんだけれど、観光客にとってはまあ苦笑いしながら時々相手をしたり、ほだされてつい財布を開けたりして暇つぶしになっているフシもけっこうある。

つまりは、商人文化としてのゴアはまさにインド的としか言いようがないのだが、その一方でゴアの倫理はヨーロッパ人旅行者たちによってルールされているわけだ。ヨーロッパ人たちはインドの文化なんてお構いなしに好き勝手に裸になって酒を飲んで存分に休暇を楽しむ。お金のあるヨーロッパ人たちの優越感を逆手にとって、商売人たちは自分たちの貧困を武器に品物をどんどん売りつける。街全体がアミューズメントパーク的に、楽しむ側と楽しませる側、金を出す側と受ける側が持ちつ持たれつの関係を保った素敵なリゾートを形成しているわけだ。

それでいて、ゴアには観光地にありがちなひなびてすりきれたところがない。インドの太陽とアラビア海とそこに寄り付く人たちの気質は、そういう種類の崩れ方には向かないのだろう。周りには人生をいったん保留して時間のない時間を過ごしている人々でいっぱいである。いつまでもここにいられる気がする。去りがたい、海のユートピアだ。

浜辺で寝ていると、にわかに光GENJIが頭の中で歌い出す。

ようこそここへ 遊ぼうよパラダイス 胸の林檎むいて

大人は見えない しゃかりきコロンブス 夢の島までは探せない…

ゴアはそんな土地であった。

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