Up or Out

うちの上司は厳しい。

優しそうな「なり」をしているけれど、とにかく厳しい。社会に出てからこれまで8人ぐらいの上司の下についたけれど、その誰よりも本質的な意味で厳しいと思う。

彼のモットーは ”Up or Out” (成長せよ、さもなくば去れ)、あるいは「使えない知識は無に等しい」。生き残りが厳しいと評判のAmazonの経営哲学に似ている。評価基準はシンプル。会社とブランドにとっての意義や利益となる結果を出すか、出さないか。結果にいたるまでの方法は問わない。「がんばります」という努力目標や「こうあるべきだ」という理想論や精神論は、実行に移され結果がでるまで評価しない。無駄が嫌いなので、残業や不必要な遠回りをしていると怒られる。逆に結果を出せば明確なリワードをする。要するに、極めて父性的な経営者だと思う。

厳しくいつづけることはとても大切だ。そして極めて難しい。

会社という分業組織の中で、馴れ合いと妥協はじわじわ効く弱い毒だ。ブランドは砂の城のようなものである。部下の仕事のダメさを「悪いやつじゃないし」、「そういうこともあるし」と諦めて受け入れると、自分の仕事の質が崖崩れのごとくどんどん落ちていく。基準値が下がり、そのことに慣れる。それがいつのまにかチームの基準値になり、ひいては会社全体の体質になる。気づかないうちに不調に慣れ、低い達成率が当たり前になり、気づかないうちにユーザーの信頼が下がり…と目に見えない理由によってビジネスに影響を与えていく。NoなものにNoと言えるか言えないかが、あとあと大きな意味を持つ。

職業倫理の高い人にとって、自分に厳しくすることはそんなに難しくない。他人に厳しくするほうがずっとエネルギーが要るし、苦しい。それを乗り越えて物事に白黒をつけるたびに、責任が増えていく。私自身はやや母性的な部分があるので、白黒つけることは内面では疲れるけれど、いわば職業的パーソナリティとして、父性が勝っていると思う。

白・黒・グレー。何を選んでも結果が伴う。たとえば部署やチームで機能していない役職がある時。上でも下でも、人の進退が関わると大抵の人は結論を先延ばしにしようとする。外的・内的理由を挙げて、「もっとちゃんとマネージすれば」「適材適所じゃなかったからだ」「計画が悪かったからだ」「サポートが足りなかったからだ」と言って「もう少し様子を見てみよう」となる。しかしマネジャーにとって「何もせずに様子をみる」こともまた「決めないという決断」をしたことと同義であり、そこには必ず何らかの結果が生じる。グレーもまた、選択的行動にすぎない。そこをあえてやるのか、逃げた結果そうなったのか、その意識の違いは大きい。

絵本作家の五味太郎さんのモットーは「人に厳しく、自分に甘く」だそうだけれど、そこが目標だと思う。そう言うと怠けもののように聞こえるけれど、逆である。「自分に厳しく、人に甘く」は怠け者のすることだ。自分にだけ厳しい人はフリーランスには向いているかもしれないが、チームビジネスを引っ張れない。そういう人は、実は自分の部下か上司が自分の代わりに責任をとって決断をしてくれていることに気づいていないだけだ。チームで働くとき、人の仕事のクオリティを厳しく見つめ、妥協さえしなければ、その期待値は鏡のように自分に跳ね返ってくるから自分の仕事の質は自然と維持される。そして「自分に甘く=自分の考える通り」に動いていれば、方向を大きく間違うことはない。

しかし人にコンフロントするのは大変な作業であるし、心底疲れる。力がいるし、辛い。この割に合わない疲れは経験したことのない人にしかわからない。だからこそ、時々、人に関わる仕事をふわふわと明言と責任を避けて片付けようとする人を見ると心が冷える。あるポイントを過ぎた会社員にとって、仕事とは「決断することと、その決断に責任を取ること」に他ならないからだ。戦うことも、逃げることも、すべてが決断であり責任を伴う。つきつめればそれだけである。

私はパフォーマンス査定が極めて厳しい今の会社にいて、能力が高くアイディアにあふれた多くの上司や同僚と働いているけれど、それでも本当に厳しい人、または厳しさを演じられる人はごくわずかだ。

妥協して楽になろうとする瞬間は、働いていると毎日毎日、1日に何十回もある。例えばデザイナーが5点もデザイン提案を出してきたのに全部使えないと思う時。勤務態度が気になるけれど、まだ大きなミスを犯してはいない部下がいる時。まあいいや、と言いたい。時間がなくて、言ってしまうこともある。もしその時は逃げたとしても、妥協した、注意しなかった、行動を取らなかった、という決断をしているのだと、その事実を噛み締めておくべきだと思う。緩まないことが、その意識のラインを保つことが、大切だと思う。一時は負けたと感じても、自分の基準値を高く保つために。

今の上司は自分よりもはるかに他人に厳しく妥協を嫌うので、しばしば自分自身も叱責されつつも、逆説的になかなか癒される。やさしくすることは、やさしい。きびしくすることは、きびしい。仕事で楽したい奴は、いつでもどこでもいい人でいればいい。真剣に働いていると、それだけではすまない。済んでしまっている人もいるし、わかっていない人も、多いけれども。

ホテル自炊飯レシピ その1

今週の月曜にインド・ボンベイ出張から帰国し、日本で1週間。来週火曜から中国・大連出張が始まる。3月から6 月の今日までの出張日数を全部数えてみたら、4ヶ月で54日になっていた。だいたい半分弱ぐらいの日数を自宅から離れて暮らしたことになる。 Read More

マーシャル的冷静と情熱のあいだ

前回たいへん薄ら暗いポストを書いたため一部の関係各所からご心配をいただき、ありがとうございました。すっかり悩みは昇華されて、ばりばりのばりです。

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ジェームズ・ランゲ的人生探求法

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Shanghai Crow

From March 2016, China suddenly became another place of mine. It’s for my marketing job. I am writing from Shanghai, and this is the third, the first longish stay in this town in the last two months. Getting better. Absolutely. Magical.
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肉と骨、経験の深化

 

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