海が赤色に染まっても 〜8年越しのブランドマーケティング指針

ブランドマーケティングの世界に足を踏み入れてもうすぐ15年になる。カオスの塊だった1つの企業が10倍の規模に育つ過程で、会社の良さを顧客に伝える語り部として長く関わり、内側で紆余曲折を見てきた。この定点観察ができたことは、自分のマーケターとしての考えを深めるためにとても幸運な経験だったと思う。

企業は陸が彼方まで見えない海を漂う船だ。経済には波があり、ビジネスには必ず良い時と悪い時がある。凪の後には必ず荒波が押し寄せる、これは原理であり誰にも止められない。企業は、余力のある凪の期間にありとあらゆる準備をし、アイディアを実現して資産と人を育て、いずれくる荒波の期間にはその蓄えた知恵と力を振り絞って価値を守らなければならない。

理想はそうなのだが、企業はこのサイクルで間違いを犯し続けるものだ。良い時には奢りによって、悪い時には恐怖によって。誤った方向転換、結果のでない投資、失敗人事や構造改革。だからこそ、企業の成長のほんとうのチャンスはうまく行っていない時にこそある。自らの過ちを資料として素早く学び、地図を見直して進む方角を定め、不要な積荷を捨て、みんなでオールを持ち直して同じ方向に漕ぎ出せるコーピング力にすべてがかかっていると私は思う。船が大きかろうが小さかろうが、やることはかわらない。会社は人が動かしている。それができるかどうかは結局のところ、リーダーの普段からの心持ちによる。

あなたには理想は、哲学はあるか。保身よりも顧客の利益を優先できるか。そうすることに、うわべだけではない覚悟はあるか。

ブランドマーケターの仕事は顧客と経営者の間に立ち、この問いを自分自身と、自分の上の経営者に向かって根気よく投げかけ続けることなのだと思う。簡単に緩むからだ。人は怠ける。経営者も、社員も、自分も。

最近古巣のマーケティング現場にたまたま携わる機会を得た。市場も人も文化も様変わりし、限られた情報だけで自分の思考をゼロから立てなおさなければならないアウェーな環境だ。初心に帰るために8年前に自分が書いたマーケティングについての記事「マーケティングと熱い恋」を読み直していたら、今の私の仕事は、2014年に自分が置き忘れた問題を改めて解決することなのだと分かった。

「どう差異化し、顧客に何を訴えるか、そこには究極的にはマーケティング的トリックでは補えないブランドの物語的要素が不可欠だ。個人も、企業もまた万能ではない。選べ。自分たちが一番得意なこと、優れていること、誇りに思うことに絞って語り、過剰なまでにその価値を追求しろ。

8年前と今で、私たちのブランドはずっと広く認知され、グローバル化して規模も大きくなった。けれど、規模としての成長はイコール企業の成熟度ではない事実を痛感する日々だ。私たちは少しは賢くなっているのだろうか?ただ複雑さが増しただけではなく?そう思える部分もあるし、そう思えない部分もある。ブランドとは継承される理想と哲学だ。8年前も今も、私がこの仕事を通じてやりたいことは同じだ。海が赤色に染まっても、船の仕組み、船長、乗組員が変わっても同じ場所で方向を示す北極星を見つけたい。「顧客にとって本当に価値のあるものを提供する」という当たり前の目的を、時々荒波が寄せても、自分たちの苦しみで見失わないために。ブランディングとはそういう仕事であり、マーケティングとはそれを実現する手段なのだ。

久々に仕事で絡みが増えた古い仲間がいう。「今までずっと、いい時と悪い時があった。悪い時は頑張って乗り越えるし、あたりまえのことじゃないか。心配することなんてなにもない。」そうなのだ。長く見てきた人間は、うまくいかない時にわらわらと集まって、怒ったり苦笑いしながら問題を出し合い、対策でぶつかって喧嘩し、お互いの肩を叩き合いながら前に進む術を知っている。時々は心が腐っても、愚痴を言い合いながら気持ちを取り直し、もっと仲良く強くなる自分たちを見てきた。そんな体験を新しい人たちにもしてほしい。

「ハードなテクニックではなく、内側のやわらかい部分。マインドではなくハート。動線ではなく物語。数字ではなくナラティブ。愛。」

数字がモノを言うマーケティングからブランディングに方向性を変えようとしていた過去の時の自分はそう書いた。でも必要なのは両方だ。ハードとソフト、マインドとハート、導線と物語、数字とナラティブ、売り上げと愛。冷たい自分と暖かい自分の両方合わせ持ち、どちらもあきらめない、もっと良いマーケターになりたい。昔も今も。

Published by

Ai Kanoh

Working for marketing, branding, business.

Leave a comment